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和歌山地方裁判所 昭和34年(つ)1号 判決

被疑者 野久保晴夫

決  定

(被疑者氏名略)

右被疑者に対する偽証被疑事件につき、和歌山地方裁判所田辺支部裁判官が昭和三十四年六月十七日にした勾留請求却下の裁判に対し和歌山地方検察庁田辺支部検察官より同日右裁判の取消を求める旨の準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理のうえ次のとおり決定する。

主文

被疑者に対する検察官の勾留請求について昭和三十四年六月十七日和歌山地方裁判所田辺支部裁判官のした右請求却下の裁判はこれを取消す。

理由

検察官の本件準抗告申立の要旨は、別紙申立の理由記載のとおりである。

よつて考えてみるに、和歌山地方検察庁田辺支部検察官が別紙申立の理由記載の被疑事実により、罪証隠滅の虞ありとして、和歌山地方裁判所田辺支部裁判官に対し、被疑者の勾留請求をしたところ、同裁判官がその理由なしとして勾留請求を却下したことは本件疏明資料によつて明らかであり、右被疑事実についても右疏明資料によつて一応疏明しえられるところである。

そこで検察官主張のように被疑者に罪証隠滅の虞があるかどうかについて考えるに、本件資料によれば、被疑者は警察での取調べの際には西村幸雄が馬留玉市に高串所在の松を売つたのは被疑者が西村から同一物件を買受けた後である昭和三十二年二月中頃と供述したが、検察庁での取調べの際には被疑者が買受けたのは馬留が買受けた後であると供述し、昭和三十四年五月十三日の公判廷での証人として証言の際には、再び被疑者が買受けたのは馬留の買受けるより前であると供述し、更にその際被疑者は買受ける十日程前に該山林を見分したところ立木であつた旨の新事実を証言し、同日公判閉廷後の検察官の取調べの際には右証言は誤りで売買前後には山を見に行つておらず、又被疑者が買受けたのは馬留が買受けた後であると供述しながら、その後同年六月十七日の裁判官の勾留尋問の際には偽証の被疑事実を否認し、被疑者は売買の前には該山林には行つていないが、五、六百米離れたところから見た、馬留の買受日時ははつきりしないと供述し、その供述が転々として変更し最終的には被疑事実を否認するに至つており、又西村幸雄はその被告事件につき、警察、検察庁での取調べの際には被疑者との売買は馬留との売買より後であると供述し、詐欺の事実を認めておきながら、その第一回公判期日においては詐欺の公訴事実を否認するに至つていることがいずれも疏明され、これに本件資料によつて疏明されるその他諸般の事情を綜合して考察すると、被疑者には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものというべきである。

してみると、刑事訴訟法第六十条第一項第二号に従い被疑者を勾留すべき理由があるから、本件準抗告の申立は理由があるものとしてこれを認容すべく、勾留の理由なしとして被疑者に対する勾留請求を却下した原裁判は失当として同法第四百三十二条、第四百二十六条第二項によりこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中田勝三 尾鼻輝次 富永辰夫)

申立の理由

本件被疑事実の要旨は

「被疑者は昭和三十二年一月二十三日頃、西村幸雄より西牟婁郡中辺路町大字兵生字高串所在杉浦鶴一所有の山林中の松の伐採木(素材)百五十石を代金十万三千円で買受ける契約をし内金十万円を右西村に支払つたものであるが、昭和三十四年五月十三日和歌山地方裁判所田辺支部法廷で西村幸雄に係る詐欺被告事件の証人として宣誓しながら、立木百五十石を西村から買受けたが、この立木は契約より十日程前山を検べたが全然伐採してない立木でありましたと虚偽の事実を証言して偽証し、更に西村幸雄は被疑者に本件立木を売つた時より後日に馬留に売却したと告げたと証言し、事実は西村は被疑者に対し馬留に売却した本件立木をその後被疑者に売却し申訳ないと謝罪しているのに虚偽の事実を証言して偽証したものである。」

というのであるが、右事実は疏明資料により疏明十分である。しかし被疑事実の動機は明白でなく、勾留尋問の際被疑者は被疑事実(犯意)を否認している状態であり、かつまた偽証が他人と共謀して或は教唆されて行われる犯罪であることが通常であり、本件関係の西村幸雄に対する詐欺被告事件については四人も偽証している状況にもあるので、被疑者の身柄を拘束し、他の関係者との通謀を防ぐ状態の下において、真相を把握せんとして和歌山地方裁判所田辺支部裁判官に対し被疑者の勾留請求をしたものであるが、その理由なしとして右請求を却下されたものである。しかしながら被疑者において罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の存することは疏明資料によつて明らかなところであり、被疑者の身柄を拘束しなくては本件についての捜査の進展も望み得ない状態であるので、本件勾留請求を却下した原裁判を速かに取消されたく、ここに準抗告に及んだ次第である。

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